口に含んだ紅茶があまりにも渋くて、あたしは顔をしかめた。
生憎、牛乳も珈琲に入れるミルクも人のうちだから入手困難で中和するものがない。あたしは甘いものが苦手だから、砂糖でごまかすなんて事が出来なかった(あぁ苦い)。目の前に座った夜神君は平然と紅茶をすする。やっぱり、毎日高級な紅茶を飲む人はこういった渋さにも慣れてるんだろうか。あたしは随分と間抜けなことを考えた。



、ここ違ってる」
「え…あぁ、本当だ。ごめん有難う」




夜神君の細長くて綺麗な指が、あたしのレポートの間違った部分をなぞる。彼の綺麗な指があたしの汚い字をなぞったので、もう少し綺麗な字を書けばよかったと昨夜の徹夜のことを思い出した。眠たかったのだから仕方ないといえば仕方ないけど。ゴリゴリとシャープが間違った部分に黒い線をつける。夜神君はあたしが印をつけ終えるとまた、レポートに視線を落とした。切れ長の目が下を向く。
(あぁ本当に綺麗だ、この人は)






あたしには、好きな人が居た。
やさしくて、正義感が強くて、スポーツも万能で頭も良くて。ルックスも良くて、スタイルも良くて。とにかくよく出来た人だった。何となく受験して受かった高校で出会った彼は凄くモテる人で。だけど絶対遊びじゃ付き合わない。浮ついた話なんか聞いたことがなかった。だから、あたしは毎日彼にアピールしている女の子の渦に負けないように一生懸命努力した。
たとえば勉強を頑張って、常に成績は10番以内に入るとか、生徒会に立候補してみたりとか。あたしも相当真面目ちゃんを演じていたと思う。だけど友達と放課後騒ぎ合ったりもしたし体育祭では張り切って友達数人と仮装リレー競技に参加したりして。三つ編みのお下げにメガネでおとなしい目立たない子、なんていう世間の真面目ちゃんではなかった。あたしの友達はみんな彼氏が居て、見込みの無い彼を思い続けるよりは、と何度か合コンに参加したりもしたけどやっぱり、無意識のうちに彼と比べてしまって結局、いまだに彼氏が居ない。(本当に寂しい女だ)




そして大学受験の何ヶ月か前、あたしの好きな人は突然死んでしまった。あたしは想いを伝えることが出来なかった。否、伝えることは出来る。だけど“彼”は、もう    。




大学に入って、彼に良く似た彼は高校時代だったら絶対ありえないような生活をし始めていた。ミス東大の高田さんやエイティーンのモデルをやっているミサさんと付き合うようになった。(そういったことが嫌いだった人なのに、しかも美人ばっかり)時々見せる笑顔もうそっぽくて。彼はあんな風に笑ったりはしなかった。目つきもあんなに鋭いものではなかった。そして、学部が一緒というだけであたしを誰も居ない家に呼ぶことも、呼び捨てにすることもしない人だったのに。人は変わるっていうけど、なんだかあたしにはどこか遠い国の話のようで彼が、夜神君が別人のようになってしまったことが酷くかなしかった。あの日の夜神君は、今別の世界で何をしてるんだろう。あたしが好きだった、死んでしまった夜神君は。…こんなもの、ただの空想でしかないけれど。





「うん、上出来だ。あとは問題ないだろう。」
「…うん、有難う」





あたしはぼんやりと紅茶の揺らぐ水面を見つめていた。
向こう側に得体の知れない世界が広がっている気がして、一点を見つめていた。褐色の、液体の、ずっと向こう―――…





「…?」





名前を呼ばれて、はっとして夜神君に視線を向けた。
夜神君はあの視線をあたしに向けたままで、レポートを差し出していた。
あたしはごめん、と声を漏らしながらレポートに手を伸ばす(本当にどうかしている)。紙のかさついた感触がやたらとリアルで、夜神君の痛いまでの硬い雰囲気がミスマッチであたしは突然、高校時代にもこういった状態になったのを思い出した。
フラッシュバック、っていうやつだろうか。







「…ねぇ、夜神君。前にもこんな事あったよね」
「?」
「高2の夏にさ、確か小論文がうまくかけなくて夜神君に見てもらったの」
「え…あぁ、そうだったかな」






クーラーのきいた図書室で課題に関する書をたくさん机に積んで、うんうんとうなっていたあたしの所に夜神君はお勧めの本を持ってきてくれた。
その本は本当に良くて、あたしが調べたかった事がすべてまとめられていてあっという間に小論文が書けた。そしてその後、夜神君に添削してもらって。あたしはあの時、夜神君に見とれていて。

あの時の紙のかさつきと夜神君の優しい、丸い雰囲気の笑顔が、
一気にあたしの心の中から噴出して。





遅かった。








「夜神君、夜神君…」







あふれ出した液体があたしののどを締め上げて間抜けな震えた声しか出ない。あたしは両手で顔を覆った。胸が張り裂けそうで、頭の中がひたすらに真っ白で。その中でぽっかりと浮かび上がるのはあの日の夜神君で。あたしはあの日の夜神君を求めて、ずっと夜神君の名前を呼び続けた。






「…ご、めん…帰る、」
「……」







不図、夜神君の腕があたしに伸びてくる気配がして、あたしはなぜだかわからないけど荷物を無意識にかき集めて立ち上がった。夜神君の表情が見えない。見られない。見たらきっと、責めてしまう(何に対して、)
夜神君の家を出たら、きっといろいろなものを忘れられる。そんな気がした。大学に行ってしまえば、広いキャンパスの中で二人きりになることは無いからないた理由を聞かれなくてすむ。早く、帰ろう。







「夜神君、ごめん、」













、とあたしを呼ぶ夜神君に背を向けて
あたしは夜神君の家を飛び出した。彼の気配を消してしまいたくて、
ただ走った。後から後から涙が出てくる。苦しい、苦しい。目の前がぼやけて何も見えない。人が居ない時間でよかった。なきながら走ったって不審に思われない。



「…、っ」



腕をつかまれるのと、胸に激痛が走ったのはほぼ同時だった。あたしは涙を拭う事もせず、つかまれた反動で倒れ掛かった。くると思った衝撃はいつまでも来なくて、見上げたら夜神君の悲しそうな顔があって。あたしの身体を夜神君が抱きしめていると分かったのはそのすぐ後で。
胸が、痛くて。凄く、苦しくて。
心臓が悲鳴を上げて、動きを止めようとしている。



痛い、痛い、苦しい、悲しい、寂しい。




涙がまた溢れ出した。あたしの好きな人は、何かに殺されてしまっていて。残った器には別の誰かが住んでいて。それでもあたしは彼が好きだったの。何に対してごめん、と思ったのかは分からないけど、ただ凄く悲しくて。徐々に暗くなる視界の向こうで、夜神君が一瞬泣きそうな顔をして哂った。














が死んだら、“僕”は何処かで逢えるのかな」








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Taken from Plastic Tree










あたしの好きだった人はね、もう