| 冷たい壁に寄りかかって、周りから聞こえるすすり泣く声だとか必死に生にしがみ付く人々の絶望の声を聞いた。わたしはもう凍えてしまった。 「お前は死ぬのが怖くないのか」 ぼんやりとしている頭に降って来た声。その声に今まで泣いていた人々が小さく息を潜めたのが分った(そんな事したって無駄なのに)あたしはその声のした方に顔を向けずにぼんやりと自分の膝に視線を落とす。ここに来たときに擦りむいた其処は少し変色したままだ。 「…もう、何が起こっても分らないから、」 「……フン」 自分で質問したくせに鼻で笑い飛ばしたその人に、あたしは今度こそ、ぼんやりと視線を向けた。薄暗い室内にぼんやりと浮かび上がる輪郭。男の癖に綺麗な人。あたしと同じ、黒い髪の毛。 「…何か用があったんじゃないの」 「…別に」 「……」 この人は気まぐれだ。力を求めてここにきてそして毎日狂ったように修行して。瞳は輝きもしない。憎しみだけがちりちりと感じられる。 「あの花、」 あたしはぼんやりと視線を元に戻した。ぼんやりとしたまま声を聞いた。あたしの後ろで彼がその視線を一輪挿しに向けて声を出す。あたしはぼんやりとその花を見た。蕾のついた、いつ咲くとも知れない花。 「あのチャクラ、お前か」 「…蕾のまま枯らせるのは勿体無い」 どうやら彼にはあたしが何をしようとしたのか見えるらしい。微量のチャクラを見抜かれた。年は同じくらいに見えるのに、この人の全ては桁違いで恐ろしいくらい綺麗だった。そしてなんとなく感じたのはこの人はいつかこの人じゃなくなってしまう事。ただそれが感じるだけでわたしは何とも思わなかったし何とも思う必要はない(だってわたしはもうすぐ、) 「あなたはあの蕾みたいだ」 「……」 「…花、きっと小さいだろうけど」 ぼんやりとした視線を、わたしは彼に向けた。何の色も感情も見えないぼんやりとした彼の瞳がわたしを見下ろしていた。わたしの視線と彼の視線がぼんやりと合う。 「…咲いたら、綺麗だよ」 彼はわたしの零したその場に不釣合いな科白をフン、と鼻で笑うとつまらなそうに檻から離れていった。一歩一歩離れていく、じゃりじゃりという音を聞きながら、ぼんやりとした視線をひざに戻し小さく笑みを浮かべた。自然と浮かんだ笑みだった。 思えばわたしがまともに彼と話をしたのはそれが初めてで、彼から声をかけてきたのもそれがはじめてだった。きっとあの人は花を知っている。人の心に咲く小さくて綺麗な花を知っている。わたしは勝手にそんな事を思うと一人、瞼を閉じて再び暗闇に身を投じた。ゆっくりと瞼を閉じる前、まだ咲かない小さな蕾を見た。わたしにしか見られることのなかったあの小さな蕾は、たとえその花を広げたとしてもだれにも見られはしないだろうが、わたし以外に気づいてくれたあの人に向かって賢明にその美しさを誇示するだろう。美しく花びらを広げた蕾を思い描いて、わたしは再び口元に笑みを浮かべた。 (何を赦して欲しいのかさえ分からないけどただ、涙が出そうだ) |