「隣にいるのはもうオレじゃない」






あたしは朝からずっと不機嫌だった。正確に言えば、此処数週間はずうっと不機嫌続きだ。あたしの不機嫌の原因は、そう、今まさに外で大粒の涙を流している灰色の空、雲。雨。雨は嫌いだ。特にこの時期。梅雨の時期を抜けたかと思えば今は秋雨とかいう前線が此処一帯を通っているらしく。晴れ間は中々拝めない上にもともと少し癖っ毛なあたしの髪は湿気のお陰で芸術的なカールを見せる。どんなに朝、ドライヤーをかけても学校に着く頃にはすっかり外巻きに跳ね上がってしまうのだ。気分は憂鬱になるし、淀んだ空は、何故か嫌い。






「のう、。またエライ酷い顔になっとうよ」
「・・・五月蝿いよ、仁王。女の子にそう言うのは思ってても言わないでしょ、普通。」






放課後の薄暗い、電気もつけない教室であたしは独り残り、日誌を書いていた。今日に限って一緒の当番である筈の隣の席の男子は欠席。早い所帰りたいのに。黙々とシャープを走らせ、埋めるべき欄を面倒くさいと思いながらも埋めていく。面倒だと思いながらもしっかり仕事をこなす辺り、自分でもえらいと思った。そして何時の間にか、何処からか現れたダラリとした彼、仁王はあたしの前の椅子に座って此方を向いている。ふらりと姿をあらわすのは何時もの事なのであたしは特に気にも止めずシャープを走らせつづけた。窓の外からは相変わらず雨音の合唱が聞こえる。あぁ、頭が痛い。雨の日はいつもこうだ。あたしは目の前に仁王が居る事も忘れ、顔をしかめた。しまった、と思ったときには仁王に笑われていた。恥ずかしい。




「部活はどうしたの、今、練習時間じゃないの?」
「外、雨が降ってて使えん」
「ふーん」



確かに、朝から降り続くこの雨の所為で大きな、設備の良いはずのテニスコートはびしょ濡れだった。毎日休みもなく、365日練習に費やすと聞いているテニス部でも雨の日には部活が無いんだ、そう思った。まぁ、少しの休み、みたいなものは有ってもいいものだと思う。そっけない返事を返した。日誌は、あたしの頑張りのお陰で、もう少しで全部埋りそう。


仁王とあたしは三年間同じクラスだった。くじ引きで何度か隣になった事もあって、あたしと仁王は気兼ねなく会話が交せる程仲良くなっていて。三年間も同じクラスの中にいて、良く話す方だったからきっと、あたしは仁王の事は大体わかっていると思い込んでいたのだ。そしてとてもベタな展開で有るのだけれど、あたしは仁王に恋をしていた。勿論仁王はその事は知らない。否、知っているのかもしれないのだけど。彼は、ペテン師だから。気付かない振りをしてあたしを騙しているのかもしれない。




「よぅし、終った!」



最後に記入者の名前、つまりはあたしの名前を書き込み日誌を勢い良く閉じた。シャープは、落書だらけの汚い机にコロン、と転がる。あとはこれを職員室でのんびりしている担任に提出するだけだ。椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、腕を組んで上に伸ばして大きな伸びをする。なんともババ臭い仕草だ。ずっと曲げっぱなしだった首に手を当てて少しひねるとゴキッと鈍い音がした。仁王はその音が聞こえたのか、口元を上げて馬鹿にしたような笑みを浮べていた。笑いたければ思い切り笑ってくれたら良いのに。好きな人の前で堂々とそう言うことが出来るあたしもあたしだけど。


「あたしは帰るけど、仁王はどうする?」


仁王の馬鹿にしたような笑いに気付かない振りをしてシャープをペンケースに仕舞う。ちょっと背伸びして買ったプラのペンケースは、色ペン4本と、このシャープだけで一杯になってしまう。あたしは閉るか閉らないか解らないペンケースを指の腹で押すと(やっぱり、蓋は少し浮いた)中身が飛び出ないようにカバンに入れた。教科書からはみ出たプリントが邪魔ですっきり入らなかったけど。其れをぼんやりみていた仁王は首だけをまげて、窓の外に視線をやった。あたしも其れに釣られて窓の外に目をやる。雨は、少し止んで来た。


「俺はもう少し此処に残るっちゃ。」
「そっか。」



ぼんやりと答えた仁王の横顔を見つめた。やっぱ、格好良い。そっけない返事をしたあたしの方に、仁王が顔を向けた。見つめていたあたしは思わず目をそらしてしまう。馬鹿、こんな態度とったら怪しまれるのに。


「何ね、一緒に帰りたかったと?」
「バ・・・ッカ、言わないでよ。仁王には可愛い彼女居るし。
 冗談でもそう言う事、言わない方が良いよ。」



ちょっとドキリとした。図星をつかれて思わず声が上ずる。生憎と感の良い彼は気付いてるんだろう。そう分かっていながらも誤魔化そうとカバンを手に持って席を立ちながら変に棘のある言葉を吐いた。言った後でその言葉に自己嫌悪を覚える。遅いのだけれど。仁王はあたしのその言葉を聞くと、小さく笑った。椅子が床を擦る音がした。そう言えば、今、あたしと仁王は2人きりだ。そう考えたらもう少しここに居たいとも思った。でも、本当にベタなのだが彼には彼女が居る。お約束ではあるが、テニス部のマネージャーで、とても可愛い。あたしがああなりたいなぁと思うほど完璧に近い、理想の塊みたいな女の子。何でもそつなくこなし、テニスも強い仁王とは本当にお似合いだった。あたしの入る隙間なんて、全く無い。(あたしには到底無理な話だ)


「じゃーね、仁王。また明日。」
「おう」



帰り際の簡単な挨拶。きっと、その言葉にちょっとした熱が込められてるなんて仁王は気付かないんだろう。隠してるあたしもあたしだけど。教室から出て行く時、仁王があたしの机の上に肘をつけて手を振っているのが見えた。不本意ながらも、ちょっと、ときめいてしまった。本当に、あたしは仁王が好きなのだ。胸を叩くこの感情についていけなくて、泣きそうになった。(切な過ぎる)(アホみたいだ)








職員室に行くと、あたしは何故かその時に限って校風の先生に捕まってしまった。理由は靴の踵を踏んでいたから。ペタペタと引きずるようにして歩くあたしにとってこの履き方は結構良かったのに。明日からはその履き方も出来なくなる。歩き方を治せば良い話なのだけど。半ばふてくされて担任の机に向った。担任は部活動で居ないらしく、机にはやりかけの書類が散らかっていた。あたしはその書類の上に日誌を乗っけると、やる気の無い声で職員室から退室の挨拶をし、昇降口へ向った。


外は大雨。さっきまで止みそうだったのに。地面はドロドロしてるし寒い。最悪だ。もう、本当に嫌になる。あたしは下駄箱からローファーを出して地面に置いた。これからずぶ濡れになるであろうその靴に足を入れてビニール傘を持って外に出た。ザーザーと音が酷い。あぁ、本当に最悪だ。あたしはウンザリとした表情で校門の辺りを見た。その手前、校門の前に、何か、否、誰か居る。生憎あたしは視力が悪かった。此処からではぼんやりとした姿が見えるくらい。あたしはなるべく関らないようにビニール傘を深めに差して早足で歩いた。靴がビッチャビッチャと不快な音を立てる。なるべく関らないように、そう考えていたのに、近づくにつれて、その人物が誰だかわかってきた。傘も差さず、じっと空を見上げている。びしょびしょになった、その人は




「・・・・仁王」






仁王は、其処に立っていた。傘も差さずにただぼんやりと空を見上げて。雨に濡れた彼は、何となく綺麗だった。あたしが声を出すと、仁王はゆっくりと視線をあたしに向けた。口元を少しだけ緩めて笑う。目は 笑っていなかった。何故か急に寂しさを感じてしまったのは、彼が、あまりにも     。





「・・・どう、したの?傘も差さないで」
「のう、。今日は雨が激しいのう」
「・・・・・」





仁王はあたしから視線をずらして再び空を仰いだ。あたしの声なんて耳に入っていないようで、ぼんやりと灰色の、暗い空を仰いでいる。いつか、仁王は言っていたっけ。灰色の空は案外綺麗だと。あたしは雨に邪魔されて生返事を返しただけだったけど。仁王はその時なんて言っていたのだっけ。忘れた。あたしは、何故か必死に言葉を捜してしまった。何も出てこないけれど。何故か必死に。どうして必死だったのか、きっと徒ならぬ雰囲気を感じ取っていたんだと思う。そして、早く気付くべきだったのだ。何が起こっていたのか。


五月蝿い雨音に混じって声が聞こえる。囁くように小さな音だったけど、ちょっとずつ近づいてくる。良く聞きなれた声と、低い声。あぁ、嫌。最悪だ。あたしは本当についていない。その声の持ち主は、仁王の彼女だった。ただ、彼女の隣にたって同じ傘を差しているのは仁王じゃなかった。どんどん近づくその姿をあたしは目を見開いて見た。同時に仁王に視線を向ける。彼も、その2人を見ていた。あぁ、駄目。見ちゃ駄目だ。あたしは思わず、仁王の腕を掴んだ。―――冷たかった。あたし独りがしどろもどろしていると、彼女達はあたし達の隣に通りかかった。彼女の隣に立っている人物は、一時期彼女と噂になった、サッカー部の部長だった。(学祭でイケメン男子として有名になった、確か)何故か彼は嬉しそうに彼女の手を取った。まるで誰かに見せつけるみたいに。そして彼女は、情けない表情を浮べてあたし達を見た。嫌だ、そんな目で見ないで。

(どうして、彼女の隣に仁王じゃない男の子が居るの彼女は、仁王の彼女じゃなかったのどうしてなんで)





「なんで」





遠ざかっていく二人の背中を見つめてあたしは思わず呟いた。雨音が五月蝿い。小さな悲鳴にも似た呟き。何で、頭が混乱する。雨が邪魔だ。寒い。冷たい。


「俺」



仁王が、呟いた。握っているあたしの腕も雨に濡れて。そして思った。もう言わないで。



「捨てられたんじゃ」




ポツリと、雨の日の雫のように。あたしは見開いた目を元に戻せず仁王を見上げた。仁王は遠ざかっていく二人の姿を見つづけていた。うっすらと、泪を目に溜めているように見えた。雨なら、見えないのに。寂しそうな瞳があたしを捉える。冷たいよ、仁王。身体も、心も冷たい。雨は容赦なく強く叩きつける。あたしのビニール傘にボンボン当って地面に跳ねて靴下を汚してくれる。


あたしは、早く気付くべきだったのだ。あの時、テニス部が部室でミーティングを行っていた事もどうして仁王が教室に来たのかも、いつもなら彼女と一緒にいる教室になぜ、独りで残ろうとしたのか、も。全てこの答のヒントだったのに。彼女がいるならもう教室には来ないで帰っていたのに。あたしは、仁王と2人きりと言うシチュエーションに舞い上がって気付かなかったのだ。否、気づいた所で、何をしたって遅いのに。



「・・・



心臓がドクドクと五月蝿い。恐怖にも似た、鼓動が繰り返される。
あぁ、あたしは馬鹿だ。最悪だ。何も出来ないのに、こんな。せめて、貴方に好きだと伝えられたら良かったのだろうか。









           「オレはどうすれば良いんじゃろうか」
青空にビニール傘を 


雨上がりの空に









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オンラインドリームアンソロジー企画出品作